うつし世は夢、夜の夢こそまこと

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季節はずれの花火

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▲どなたかが撮影
7月31日の隅田川花火から東京湾花火、葛飾?や江戸川?あたりの花火大会が終わった。

季節はずれ・・・

台場や他は見えたのに一番近くの隅田川花火が見えなかった!!煙のみ。。
屋形船は十数隻も見えるけど。。まあ、見えないことは聞いていたが、姿は見えずに爆発音だけが腹まで響く。

隅田川花火(大川の花火、両国花火)のはじまりは江戸時代に徳川吉宗が暑気払いや飢饉への
水神祭(景気づけ?)などから日本で初めて行った。打ち上げたのはあの「カギヤ」。
6代目鍵屋弥兵衛が水神祭に“献上花火”として20発ほどを打ち上げた。

その後、柳橋の料亭が中心となりたぶん蔵前・浅草橋・日本橋界隈などの豪商をスポンサーに
「両国川開き」ということで、昭和36頃まで両国橋付近で打ち上げられた。
「両国橋」とは武蔵国と下総国を渡す橋ということが由来。ちなみに神田川にかかる「柳橋」は元禄11年1698年にかけられたちょー古い橋(建替えあり)。


先日、縁あって生粋の柳橋生まれの人達10名ほどと飲む機会があった。若者から最高齢93歳!まで
打ち上げ場所が両国の頃は隅田川護岸も屋形船が係留されていて、凄い数の船が東京中から集まったそうだ。

昭和初期の夏は亀清楼、柳光亭、いな垣など料亭の
2階の縁側(今で言うオープンカフェテラス)で飲んで唄って屋形船で浅草(新吉原)や向島へ繰り出したそうだ。
中には花火職人を雇い隅田川で花火を打ち上げる粋筋もいたらしい(祖父曽祖父世代)。

自民党の田中派結成は「いな垣」で行われ、今日、首相になるかもしれない?小沢一郎 元民主党幹事長も参加したそうだ。
その後、高度成長期で一気に川が汚れ、護岸工事が行われたらしい。いわゆる人口急増期。一極集中・・・

川が汚れ柳橋花柳界の特長でもあった、リバーサイドサロン的?なスペースがなくなり、
川遊びというカルチャーがなくなっていたと嘆いていた。

東京、江戸の大元はまさしく「江の戸」で「水」が重要であったと思われる。
でも今はそれを暗渠として蓋をする。川の上に高速を走らせる。。
汚したのは住んでいる僕らなんだが、コンセプトは政治・役人が打ち出し、実施する。
川に限らず東京の街はいたるところが官民かぎらずそーなっている。
都市というのは最も効率がいい生産性(モノではなく)の基で成り立つといえばそれまでだけど。。。

古き良き時代の景色を記憶している人達にとっては、今は味も素っ気もない川べりなのかもしれない。



花火は、戦国の世から江戸時代になり、戦(いくさ)がなくなったことで、
武器である火薬や爆薬を夜空の華として、ただ打ち上げる。

なんとも風流な夏の風物詩、それがウチから見えない隅田川花火・・・

▲見ない風景・・・




9月も中盤にさしかかろうとしているが、暑い。
by kuramae2010 | 2010-09-14 03:24 | | Comments(0)

ウォーターサーバー

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1年ほど前からレンタルしているウォーターサーバー。なんせサーバーという名前。。。
前自宅キッチンがブラックだったので冷蔵庫も合わせて
ダーク系にしたが今は重い。


東京の水は売ることができるほど清潔らしいので買うことは
ないかもしれないが、、、、
浄水場から蛇口の経路には様々なトラップがあるような気がしてならない。

徳川家が江戸を開発するとき、一気に作ったのが上水道。
ある兄弟の凄まじい努力と執念のお陰で僅かな期間で完成した。
今でもその名残りがある箇所があるらしい。

そして、交通インフラとしての運河。
江戸という街は墨引きで千代田区、中央区、港区、文京区、
新宿区、台東区、江東区、墨田区あたり。

江戸の範囲は墨引き、朱引きがあり、
たしか墨引きは町奉行の守備範囲だったか、そんな範囲。
他は村というか田畑。高度成長期に民間主導で開発。
田園調布や成城は典型的な・・・・

以前住んでいた駒沢公園近くには平成元年ごろまで田畑が広がっていた。
良い時代。道も農道をちょっと拡張しただけなので曲がっていたり狭い
東京の街を歩くと以外とわかる。
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先日、湯島まで神田川沿いを散歩。ほとんど高架下になっている。
ネットで見つけた江戸時代の御茶ノ水あたりの風景、湯島聖堂がある周辺の写真。
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江戸時代の自宅周辺。今はなき万八楼。
今と建物の高さが違うが以外や同じ風景かも・・・

墨引き範囲は運河が主要な交通機関として発達したが、
現代は無粋にも暗渠してしまっている。

暑くなくても『水』は重要です。
by kuramae2010 | 2010-07-17 16:02 | Comments(0)

江戸の粋、今の覇気~蔵前・柳橋~

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今からたぶん3百年ぐらい前のこの辺は、
艶っぽく、風流で、豪奢な町だったんだろう。そんなことを想像させる料亭や
町の名残がポツン、ポツンと遺されている。

平日はサラリーマンでごった返す。休日はシーンと静まり返る。
昼間人口と夜間人口のすごい差・・・
人の緩急の激しさが今はチグハグな街として映る。

江戸時代、浅草蔵前は60以上の米蔵が建ち並び、
江戸経済とカルチャーに多大なパワーを発揮していた
札差が肩で風をきる町。

神田川にかかる柳橋から浅草蔵前までは、当代きっての柳橋花柳界。
一流の芸がないとお座敷に上がれないとまで言われた、当時の最先端?!
最近では新しいArtギャラリーが東日本橋~柳橋界隈に出来ている。
セントラル・アート・イーストとかTOKYOアート・イーストとか言うらしい。
ビルの近所にもギャラリーがいくつかある。

そんなエリアの古いビルの事務所を
契約から48日間で住宅とするまでのメモブログ。

by kuramae2010 | 2010-04-29 12:42 | | Comments(1)