うつし世は夢、夜の夢こそまこと

カテゴリ:街( 6 )

北前船廻船問屋 森家 のお隣

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北前船廻船問屋 森家、のお隣。東京北陸新幹線で約2時間

空が高いのなんの。
by kuramae2010 | 2015-10-01 00:02 | | Comments(0)

徒蔵 カチクラ、モノマチ。

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先週末の3日間、近所でおこなわれていた「徒蔵、モノマチ」という、年季の入った職人さんや工房、若きデザイナー、建築家、食べ物屋などが創るモノを体験したり、観たりするイベントがありました。

街全体が会場。モノを創る街のイベント





人目を引く漆黒の四角い箱の川島鈴鹿建築事務所。半分ほど道端に埋もれた感じが尋常じゃない佇まい。

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こちらでは実際にコンクリートをこね、電源タップなどつくることができたようです。ここは、満員御礼でした。 
寿から佐竹商店街へ抜けるこの通りは、江戸時代ぐらいから在る風流な空気感。。

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この機械は「カフェテラスコーヒー工場」にあった、ドイツ製コーヒー焙煎機だそうで、オヤジが自信たっぷりに「世界一、大きいよ」と薀蓄。デカい。安くて旨い(巧い)味。

ここんちにヴァイタヴォックスのデカいのがゴロゴロあっても不思議はない雰囲気。

個人的には創業50年以上で、古い建物に興味・・・
こじゃれたカフェとか、どーたらとかここにはありません。 コーヒー工場らしく煙突。

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街角に佇む、うろこ模様の昭和な建物。平和な造形。





明治41年築の台東デイナーズ・ヴィレッジ(旧小島小学校)

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空襲、地震、に耐えた機能美。

「ここ、マジで明治41年ですか・・」

「半分ほど明治です!」

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徘徊中に出会った、なんてことない無骨な古い倉庫。

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近くで見ると、力強くパワフル!狙いすぎない分割と凹凸の妙技。ジャジーな雰囲気。

コンクリートにボテっと色塗った素っ気なさなんだけど、

ちょっとゴテゴテと着飾った建物が滑稽に見えるほどな粋。


持ち主の愛すら感じた、倉庫。
by kuramae2010 | 2013-05-30 00:50 | | Comments(0)

古くて、新しい町。 2k540 AKI-OKA ARTISAN

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神田平河町、御徒町、浅草橋、東日本橋周辺は、かつて職人や商人の町だったため、今でも問屋街があり、職人が多い町だ。
歴史の面影は創業が江戸後期・明治期の店先・塀前の一画として残る。多くはウチのような雑居ビルや電車の高架が走る。普段は超雑然としていてヘンなエネルギーがあって面白い。。
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そんな中で、山手線の高架下に『AKI-OKA ARTISAN』という、町の文脈?をぐっと際立たせる、古くて新しい場所が誕生した。

いろんな工房・ショップがあり、作家や職人と知り合いになりつつ、この国で数百年以上続くトラディショナルな生活道具を触ったり買ったりできる。僕は器などを買うとき目に留まってしまうのが福岡、小石原の焼物。本来日本古来のものではなく大陸を経て福岡に上陸したらしい。ぐるぐるの茶器は高取焼の鬼丸碧山さんの生活道具な茶器。
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竹の調理器具(ヘラ)は3次元的なデザインで実物はアートな域!素材、焼き入れが日本の高温多湿な気候にあっているそうだ。鹿児島の20代の職人が創った道具。
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2k540 AKI-OKA ARTISAN、高架下に顕れた職人のアトリエ兼ショップ。





d0157552_224822.jpg地味に、粋なことをするJR都市開発!





















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by kuramae2010 | 2010-12-12 01:14 | | Comments(0)

季節はずれの花火

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▲どなたかが撮影
7月31日の隅田川花火から東京湾花火、葛飾?や江戸川?あたりの花火大会が終わった。

季節はずれ・・・

台場や他は見えたのに一番近くの隅田川花火が見えなかった!!煙のみ。。
屋形船は十数隻も見えるけど。。まあ、見えないことは聞いていたが、姿は見えずに爆発音だけが腹まで響く。

隅田川花火(大川の花火、両国花火)のはじまりは江戸時代に徳川吉宗が暑気払いや飢饉への
水神祭(景気づけ?)などから日本で初めて行った。打ち上げたのはあの「カギヤ」。
6代目鍵屋弥兵衛が水神祭に“献上花火”として20発ほどを打ち上げた。

その後、柳橋の料亭が中心となりたぶん蔵前・浅草橋・日本橋界隈などの豪商をスポンサーに
「両国川開き」ということで、昭和36頃まで両国橋付近で打ち上げられた。
「両国橋」とは武蔵国と下総国を渡す橋ということが由来。ちなみに神田川にかかる「柳橋」は元禄11年1698年にかけられたちょー古い橋(建替えあり)。


先日、縁あって生粋の柳橋生まれの人達10名ほどと飲む機会があった。若者から最高齢93歳!まで
打ち上げ場所が両国の頃は隅田川護岸も屋形船が係留されていて、凄い数の船が東京中から集まったそうだ。

昭和初期の夏は亀清楼、柳光亭、いな垣など料亭の
2階の縁側(今で言うオープンカフェテラス)で飲んで唄って屋形船で浅草(新吉原)や向島へ繰り出したそうだ。
中には花火職人を雇い隅田川で花火を打ち上げる粋筋もいたらしい(祖父曽祖父世代)。

自民党の田中派結成は「いな垣」で行われ、今日、首相になるかもしれない?小沢一郎 元民主党幹事長も参加したそうだ。
その後、高度成長期で一気に川が汚れ、護岸工事が行われたらしい。いわゆる人口急増期。一極集中・・・

川が汚れ柳橋花柳界の特長でもあった、リバーサイドサロン的?なスペースがなくなり、
川遊びというカルチャーがなくなっていたと嘆いていた。

東京、江戸の大元はまさしく「江の戸」で「水」が重要であったと思われる。
でも今はそれを暗渠として蓋をする。川の上に高速を走らせる。。
汚したのは住んでいる僕らなんだが、コンセプトは政治・役人が打ち出し、実施する。
川に限らず東京の街はいたるところが官民かぎらずそーなっている。
都市というのは最も効率がいい生産性(モノではなく)の基で成り立つといえばそれまでだけど。。。

古き良き時代の景色を記憶している人達にとっては、今は味も素っ気もない川べりなのかもしれない。



花火は、戦国の世から江戸時代になり、戦(いくさ)がなくなったことで、
武器である火薬や爆薬を夜空の華として、ただ打ち上げる。

なんとも風流な夏の風物詩、それがウチから見えない隅田川花火・・・

▲見ない風景・・・




9月も中盤にさしかかろうとしているが、暑い。
by kuramae2010 | 2010-09-14 03:24 | | Comments(0)

リノベ ショールーム

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exiciteで紹介されていたショールーム。
浅草橋の古いビルをリノベーションしたスペース、「トレインスポットファクトリー」一度訪れたい。
TIS TOU

▼ドーナツと名づけられたアウトドアテーブルセット。
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家の中でも使用してみたいです。
タイヤは空気を入れて膨らませる。
by kuramae2010 | 2010-05-02 09:48 | | Comments(0)

江戸の粋、今の覇気~蔵前・柳橋~

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今からたぶん3百年ぐらい前のこの辺は、
艶っぽく、風流で、豪奢な町だったんだろう。そんなことを想像させる料亭や
町の名残がポツン、ポツンと遺されている。

平日はサラリーマンでごった返す。休日はシーンと静まり返る。
昼間人口と夜間人口のすごい差・・・
人の緩急の激しさが今はチグハグな街として映る。

江戸時代、浅草蔵前は60以上の米蔵が建ち並び、
江戸経済とカルチャーに多大なパワーを発揮していた
札差が肩で風をきる町。

神田川にかかる柳橋から浅草蔵前までは、当代きっての柳橋花柳界。
一流の芸がないとお座敷に上がれないとまで言われた、当時の最先端?!
最近では新しいArtギャラリーが東日本橋~柳橋界隈に出来ている。
セントラル・アート・イーストとかTOKYOアート・イーストとか言うらしい。
ビルの近所にもギャラリーがいくつかある。

そんなエリアの古いビルの事務所を
契約から48日間で住宅とするまでのメモブログ。

by kuramae2010 | 2010-04-29 12:42 | | Comments(1)